遠藤志岐子 針穴写真展 「水の流れる町で~その3~」

日本針穴写真協会(JPPS)メンバーの遠藤さんから展示の案内をいただいたので一昨日(東京で37℃を超えた日)に行ってきた。展示場所の深川番所はこんなスペース。
http://gallery.kawaban.net/p/blog-post_3321.html

カフェギャラリーとのことで、中でドリンクもいただける。汗を拭きながらさっそく塩サイダーというのを注文。あまり甘くなくかすかに塩味がするサイダーでなかなか美味。
さて、遠藤さんの展示は今回も大伸ばしの作品がずらずらと並んで圧巻。JPPSメンバーの方の展示はわりと大きいものが多いのだが、特に遠藤さんの作品はいつもデカイ。会場には自作のホルガ改造ピンホールカメラも置かれており、外の景色をピンホールを通して見える(スクリーンに逆さに映る)「カメラオブスキュラ」も設置されているので、あまり普段写真展に行かないという方も楽しめると思う。

作品はタイトル通りに深川周辺の川辺の風景が中心。ピンホール写真に映し止められた深川の街はノスタルジックでギャラリーの雰囲気にもぴったりだった。
展示は7月25日(日)まで 12:00~19:00

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ジャン・ルー・シーフ写真展

このブログも諸事情でしばらく休眠中といったところだったが、ボチボチ更新していく予定。

というわけで、更新再開一発目は、このブログでもおなじみの「トシャビ」こと東京都写真美術館で開催中の「ジャン・ルー・シーフ写真展」の感想。

名前から想像がつくようにパリ生まれのフランス人で、60年代からハーパス・バザーなどでファッション写真をメインに撮っていた。ただ、日本でジャン・ルー・シーフ氏の知名度がアップしたのは90年代以降に氏の写真集がどんどん輸入されるようになってからで、80年代には、まだあまり知られていない作家だったと思う。フランスとかイギリスの写真家は本国での評価よりもどれだけ日本で写真集が売れたかによって日本でのネームヴァリューが決まってしまうところがあって、インターネットでどんどん情報がやり取りできるのに、こういうところは明治時代とあまり変わらないという印象。

それはさておき、展示作品は氏がマグナムの会員だった(今回の展示で初めて知った)50年代のスナップから死の直前までのほぼ全時代を網羅した内容で(トシャビの作家別展示はこういう回顧展形式のものが多い)、特に、初期のスナップ写真や風景写真は写真集にはあまり入っていないので今回の展示の見所だといっていいと思う。

スナップ写真にしても背景と人物の構成をかなり計算している感じで、やはりこの人の本領はファッション写真なのだろう。逆にファッション写真なのに広角レンズでスナップ風に撮影された、セレブが高級車でホテルに乗り付けてパーティーをやっている組写真やスタジオではなく(おそらく)モデルの女性のプライベートルームで撮影したと思われる写真もあり、どんなシチュエーションで撮影してもファッション写真っぽく見せられる人なんじゃないかと感じた。

ファッション写真の半分くらいはヌードかセミヌードだが、ほとんどエロティシズムのようなものが感じられない(自分がそういう見方をしているせいかもしれないが)。もちろんモデルの魅力を引き出すような撮り方はしている(同じファッション写真家でもモデルをマネキン風に撮影するヘルムート・ニュートンとは違っている)のだが、あまりモデルの内面まで踏み込んで行こうとしてないというか、逆にそのあたりの「ある種の控えめさ」「押し付けがましくないところ」が現在の日本人の感性に合っているのかもしれない(草食系?)。

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クロストーク・シリーズ Vol.2「銀板写真師」という仕事

10月23日に渋谷のナダールで行われた、クロストーク(対談形式のトーク)に参加した。
タイトルの「銀板写真師」は「ダゲレオタイピスト」とルビが振ってあった。つまり写真の最も初期の形態であるダゲレオタイプ(銀板写真)で写真を制作する写真家という意味。

トークは、写真研究家の小林美香さんと、銀板写真師(ダゲレオタイプで作品制作しているのはたぶん日本で唯一)の新井卓さんとで行われた。一般にはほとんどなじみのないダゲレオタイプの制作過程をビデオと写真で詳しく解説され大変面白かった。銀板(実際には銀の板を使うのではなく、銅板の表面だけに銀をメッキする)の表面を鏡面に研磨する作業に手間がかかったり、露光したらすぐに現像処理しなくてはならないとか、現像処理では水銀を熱して蒸気にして当てるとか(水銀蒸気は猛毒で直接吸い込むと即死するとか)、素人が簡単にできるものではないが、新井さんは2003年から独自に研究して必要な器具なども自作しながら制作に取り組んで来たそうだ。

以前の記事で、これから先の銀塩写真はアートが中心になるのではないか、と書いたことがあったが、実際にここまでのことをされている人がいるというのは驚きだった。
クロストークは「マレビト・スクール」という独自の技術を持った人を呼んでの勉強会のスピンオフ企画ということらしい。詳しくはこちら

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甦る中山岩太 モダニズムの光と影 展

東京都写真美術館で「甦る中山岩太 モダニズムの光と影」 展を観てきた。
Top_nakayama

中山岩太は1930年代にモダンな作風で知られた神戸在住の写真家で、写真雑誌で時々取り上げられる程度であまり知られていないかもしれない。
昔の著名な写真家として写真雑誌で作品が取り上げられるのは木村伊兵衛と土門拳ばかりだが、ほかにも傑作を残した戦前の写真家は多くいる。雑誌がこの二人しか取り上げないと「こういう作品(だけ)が名作なんだ」と、読者である(若い)アマチュアフォトグラファーに偏った写真観を植えつけてしまうかもしれず、ちょっと問題だと思う。もっとも、この二人が得意にしていたスナップ写真も、それ以前の写真館で撮影していた肖像写真と比較され「お遊び」と思われていた時代もあったのだが。
自分が中山岩太をはじめて知ったのは、現在ベネッセコーポレーションになっている福武書店という出版社(進研ゼミをやっている会社といった方がわかりやすいかも)が80年代に出していた「PHOTO JAPON(フォト・ジャポン)」の特集記事でだった。「PHOTO JAPON」はかなり特徴のある面白い写真雑誌だったので、別の記事で詳しく紹介したいと思う。1920~30年代のモダニズム的な作風の写真を「新興写真」と呼ぶというのを知ったのもこの雑誌が最初だった。それ以降も時々雑誌で作品を見かけることはあったが、展示会でプリントを見るのは今回が初めてだ。

これまで雑誌で取り上げられてきた作品は、日本に帰国してから神戸で発表された1920~40年代のものがほとんどだったが、今回の展示ではヨーロッパ留学~ニューヨーク在住時代の作品や戦後の1950年代の作品も網羅されている。また、残されていた乾板から現在の印画紙にプリントしたものも展示されている。1930年代以降の作品で特徴的なのは、多重撮影やプリント時のネガの多重露光で盛んに画像合成を行っていることだ。単純にコラージュするだけならプリントを切り貼りして複写してもよいのだが、中山は多重撮影と多重露光にこだわっていたようで、それがプリントの微妙な奥行き感やエッジの自然な描写として表現されている。
現在もコマーシャルフォト分野で合成などの画像処理は普通に行われている(中山も有名な「福助足袋」の広告写真がコンテストで入選し、営業的には広告用の写真の撮影を多く手がけたらしい)が、中山は自分の作品と依頼で撮るものとは一線を引いていたようだ。
以前に紹介した名取洋之助が日本のフォトジャーナリズムの草分けだったように、中山岩太はコマーシャル・フォトグラファーの草分けだった。彼らが活躍した1920年代というモダニズムの時代は、近代工業が発達してカメラや感光材料(フィルム、乾板)などが大量生産された結果、写真館以外で撮影する新しいタイプの写真家や膨大なアマチュアフォトグラファーを生み出していた。
作品のほとんどは保存のためにプラチナ・プリント印画紙にプリントされている。印画紙の画像は粒子の集合だと理屈ではわかっているが、なだらかでうすく墨を引いたようなグラデーションや繊細な滲みや暈(ぼ)けはまったく目に心地よい。

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沖縄・プリズム 1872-2008 展

文化の日に、沖縄・プリズム 1872-2008 展を竹橋の国立近代美術館に見に行った(文化の日に行くと入場料が無料になるのだ)。
展示は明治から平成まで(=近代)の沖縄をテーマにした様々な作品(絵画、文学、写真、映画、彫刻、陶芸、現代美術など)を時代を追って展示している。とにかく作品点数が多いのと、映像作品(10分~20分程度の主にドキュメンタリー映画)がたくさんあるので、全部を見るのに結構時間がかかる。
写真の作品では、岡本太郎、木村伊兵衛、東松照明などの本土のいわゆる有名どころの他に平良(たいら)孝七「パイヌカジ」、平敷(へしき)兼七「山羊の肺」、比嘉(ひが)康雄の久高島のシリーズ、石川真生(まお)「沖縄芝居 仲田幸子一行物語」、伊志嶺(いしみね)隆「光と影の島」、比嘉豊光「光るナナムイの神々」など沖縄の作家の作品も充実しており、さらに開拓農家として北海道に移住してきた沖縄出身の家族を撮影した掛川源一郎の作品などもあって沖縄をテーマにした近年の写真展としては質量ともにもっとも充実していたのではないかと思う。
本土の作家の作品が主として沖縄独特の風俗や人物をテーマにしていることが多いのに対して、沖縄の作家たちは自然や風景をテーマにしていることが多いのが興味深い。本土側の作家でそれがかなり顕著なのが岡本太郎の作品なのだが、現在に引き継がれている古代日本の心というか縄文文化のDNAをとにかく見つけたいと思っている岡本氏には沖縄の自然は風俗ほど興味の対象にはならなかったのかもしれない。はからずも戦前にほぼ同じ視点で沖縄を「発見」したのが民藝運動の柳宗悦で、日本民藝協会が「琉球の民藝」という当時の伝統工芸を撮影した貴重な記録映画を作っている。しかし、沖縄に古代日本のDNAが濃く流れているという本土からの視点は戦前には一種の差別や偏見を生む土台にもなっていたこともわかる。日本が太平洋戦争を開始する前年1940年に製作された「琉球の風物」という記録映画では、かつての琉球が海洋国家として東南アジアと交流していたことを背景に沖縄県人による南方移民を奨励し、それが日本の国策である南方進出を正当化する内容になっている。
多くの住民を巻き込んだ悲惨な沖縄戦やその後の米軍統治、復帰後の米軍基地問題、集団自決をめぐる教科書問題など、本土では沖縄には政治的なマイナス情報ばかりがつきまとう印象だが、それもまた沖縄の一面でしかないと思う。
最初に書いたようにとにかく作品点数が多いので、見終わった後でも印象が散漫になってしまう感じだが、貴重な展示も多いので、できれば何回かに分けてじっくり見るといいかもしれない。期間は12/21まで。

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風間健介新作展

風間健介氏の新作写真展に行って来た。
行ったのは先週だったのだが、忙しくてアップする時間が取れず記事を載せるのが遅くなってしまった。展示は6月11日までなので、まだの方はお早めに。
風間氏は夕張炭坑の写真で有名な写真家で、そのプリントをネットや井の頭公園で売っておられる(というのをわりと最近、氏のホームページで知った)。今回の新作も価格が設定されていて展示後の買い取りも可能なのだそうだ。
新作は炭坑とはまったく関係がなく、桜を多重露光したシリーズ、金魚のシリーズ、ガラスにはさんだアゲを印画紙の上に載せて露光したフォトグラムのようなモノクロのシリーズ、ポジを裏焼きした東京の風景のシリーズなど。
風間氏が会場にいらっしゃったので直接お話を聞いたが、炭坑を撮るために夕張に住んだのではなく、夕張で写真を撮ろうと思ったら撮りたいものが近くには炭坑くらいしかなかったので撮ったのだそうだ。自分はわりと廃虚などが好きなので氏もかなりの廃虚マニアなのかと思っていたのが、特にそういうわけでもないらしい。
現在は東京に引っ越して夕張は引き払ってしまったが、しばらく家を空けると空き巣に入られるからで、これもやむなくということらしい。なかなか写真だけ(撮影の仕事はされていないようなのでプリント作品を売ってという意味のようだ)では生活が厳しいので、現代美術よりの作品に切り替えて行きたいとのこと。現在のお住まいは入間基地の近くで騒音がひどいので都内に引っ越したいという。
写真集『夕張』がすべてモノクロだったので、モノクロのみでプリントを作られているのかと思っていたのだが、新作は半分以上がカラーで、特にモノクロだけにこだわっているというわけではないようだ。
会場の様子は許可をいただいてベビーローライで撮影させていただいたが、まだ現像が上がって来ない。終了までに画像をアップできるか心配になって来た。

風間氏のホームページ

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チャールズ・イームズ写真展

六本木のAXISギャラリーで開催中のチャールズ・イームズ写真展-偉大なるデザイナーのメッセージに行って来た。詳細はこちら
http://www.axisinc.co.jp/news/2008/20080328.html

チャールズ&レイ・イームズ夫妻は、鉄パイプとプラスチックで機能的な椅子をデザインした工業デザイナーとして有名だが、チャールズ・イームズ氏は写真家、映像作家としても多くの作品を残している。今回は氏の膨大な作品の中から写真100点とインタビューや著作、講演などから100の言葉を選んだもの。
展示では写真の裏が言葉になっていたが、写真の内容と言葉は関連していない。写真はモノクロとカラーが混じっているが、氏の写真の多くは部分を切り取ったもので、色彩や形の面白さ、構図などデザイナー的な視点から撮影されているという印象だった。

会場ではフィルム(DVD)の上映も行われていた。作品はいずれもポラロイドのSX-70カメラのプロモーションフィルムで、1972年のSX-70の発売時に制作された『SX-70』と、1976年に販売ツールとして制作された『Something About Photography』の短編2作品。『SX-70』はカメラの構造や光路をアニメーションで見せたり、製造工程のシーンが入っていたりしてポラロイド(特にSX-70)ファンは必見の内容。『Something~』は検索したがDVD化されていないようだ(『SX-70』はイームズ・オフィスから出ているDVD4に収録されていた)。
資料によるとイームズ氏は撮影のために最初の試作品5台のうち1台を入手したそうで、そんなところからSX-70のデザインはイームズという誤解が発生したのではないかと思われる(ちなみにSX-70のデザインは1930年代のアールデコ期に家具から日用品までを流線型にデザインしまくったヘンリー・ドレフュスが手がけている)。残念ながら写真の展示の中にはSX-70で撮影した作品はなかったようだが、機会があれば是非ポラロイドの作品も見てみたいと思う。展示は6/8までで2500部の100の言葉の小冊子がもらえる(100の写真は入っていない)。イームズファンは急げ。

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ペンスケッチ展4

渋谷のギャラリーLE DECO(ル・デコ)で開催中のペンスケッチ展に行く。
昨年は青山にあるギャラリーでの開催だったのだが、今回は東京、神戸の2会場で参加者も主催のMazKen氏ほか46名と過去最大規模のようで内容的にもかなり見応えがあった。
この写真展のユニークなところは、40年も前に製造されていたオリンパスペンシリーズのカメラで撮影するというしばりがあるだけで、作品の展示方法はまったく自由であること。今回も、参加されたみなさんが、立体写真、組み写真、張り混ぜ、ライトボックス上にハーフサイズのスライドを並べる、プリンターで出力する等など、それぞれに展示に工夫を凝らしていた。こういう各自バラバラな展示方法というのは学生の写真展などで見ることが多いが、写真は撮影するだけでなく見て楽しむものでもあるのだから、もっとこうしたユニークな展示を行っても良いのではないかと思う。写真は芸術だから端正に展示してかしこまって見るべきという固定観念があるのかも知れないが、そういうのは美術館で見るものでもっと気軽に楽しめる写真展があってもいいんじゃないかと思う(しかし、休日の六本木ミッドタウンの富士フイルムのギャラリーはちょっとひどい。そこかしこで作品と関係ない世間話を大声でしているオヤジが多すぎる。うるさいし邪魔で作品が見れない。最低限のマナーも守れない連中にはちゃんと注意するか、お引き取り願いたい)。

東京の展示は6月1日までなので、急ぎ紹介しておく次第。有料でつまらない写真展を見るくらいなら、こちらを見た方がずっと刺激にも参考にもなると思うのでおすすめ。
http://www.exapieco.com/patio/mazken/
(上記URLのページ左上に詳細のリンクがあります)

6/12追記
うずらまんさんからコメントをいただいたので追記します。
6/11~6/20(19日は休館) 神戸市三宮の「ラインの館」で神戸会場の展示がはじまっています。関西方面にお住まいの方は是非こちらへ出かけてみてください。ペンシリーズをお持ちの方、古いカメラに興味のある方はもちろん、写真好きな方なら必見です。

会場へのアクセスはこちら

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土門拳写真展 日本の心

1/19に武蔵野市立吉祥寺美術館で開催中の「土門拳写真展 日本の心」を観てきた。展示は12月16日から1月16日までの前期と1月17日から2月11日までの後期で作品が一部入れ替わる。吉祥寺美術館は初めて行ったのだが伊勢丹の7階にあり、入場料が100円(ガシャポン並み!)と非常にリーズナブル。なぜ吉祥寺で土門拳なのか、他のブログを見たら武蔵野市と土門拳氏の出身地で土門拳記念館のある秋田県酒田市とが友好都市だかららしい。展示のプリントもほとんどが土門拳記念館の収蔵品とのこと。
今回の展示で目を引いたのは、婦人公論の表紙を飾った1960年代後半の若手女優を文化財とコラボレーションした連作シリーズだ。土門拳というとどうしてもモノクロのドキュメンタリー写真というイメージが強いのだが、この女性ポートレートのシリーズはすべてカラーで撮影されており、カラフルな(当時の)最先端ファッションを纏った(当時の)初々しい女優さんたちと侘(わ)び寂(さ)びの極致とも言える文化財の枯れ切った風合いの対比が面白かった。このシリーズは晩年の傑作「古寺巡礼」より以前に撮影されたものだが、この企画があったからこそ土門氏の目は、それまでの社会派ドキュメンタリーとは無縁に見える日本の伝統美へと向かったのかもしれない。
一方、著名人のモノクロポートレート「風貌」シリーズもちょっと異様な迫力があって見応えがあった。作家はともかく画家や彫刻家は写真を撮られ慣れていないだろうと思うが、本などで読む限り土門氏の撮影スタイルでは、現在のカメラマンのようにトークで現場の雰囲気を盛り上げたり相手をリラックスさせたりといったことは一切しなかっただろう。元々「大家(たいか)」と呼ばれるような芸術家は偏屈だったり気難しかったりすることが多かったようだが、撮ってる土門氏自身もそういうタイプだったから説明文によると喧嘩になりそうになったこともあったようで、芸術家同士の気迫がぶつかり合った雰囲気が写し止められているようだ。もうこんなポートレートは二度と撮影されることはないだろう。
「古寺巡礼」のプリントは今回初めて見たのだが、大判カメラで撮影され全紙サイズに引き伸ばされたそれらの作品は、画面のどこを見てもビシッとシャープにピントが来ていて噂どおりの凄さだった。屋内での仏像などの撮影方法はほとんどピンホールカメラと同じだ。絞りをできる限り絞り込んでフラッシュ(ストロボではなくバルブ球を使い一発焚くたびにバルブ球を交換する)を焚きまくって露出をかせぐのだ。銀塩でしかできない写真表現というものは確かに存在するのだ。

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RAINBOW7その後(2)

前回、前々回の記事で取り上げた、雑誌『PHaT PHOTO』のオマケフィルムRAINBOW7の現像が上がったのでフィルムスキャナで読み込んでアップ。
確かに変わった発色である。誌面の説明では白い部分がピンクっぽくなるとあったが、シアンがかって水色っぽくなっている。また、青と緑の彩度が高いともあったが、これはかなり光線の状態に左右されるようだ。順光でややアンダーっぽい露出だと濃くなり、逆光やオーバー気味の露出だと極端に薄くなり、かなりクセがある感じだ。
1本撮っただけだが、発色の予想が付きにくくアソビで撮影するには面白いかもしれないが、作品として狙いどおりに表現したい場合にはちょっと使うのをためらってしまいそうだ。ちなみに今回撮影に使用したのはフジのST701というM42マウントに標準レンズのFUJINON 55mm F1.8を付けた古いマニュアル式一眼レフ。もう1本、東ドイツのPENTACON 30mm F3.5という広角レンズも使った。1枚目と2枚目はフジノンで3枚目がペンタコン。ペンタコンの方がストレートに発色しているようで、フジノンはやや黄みがかっているかもしれない。スキャナはいつものEPSON GT-X800。

また、スキャンすると背景の色が薄い画像だけ薄い縞模様が出てしまっている(1枚目の画像と2枚目の画像の右側の空の部分)。コダックやフジなど他のメーカーのフィルムでは出ないので、これはスキャナの問題ではなくフィルムの問題のようだ。乳剤の厚みが均一ではないのかもしれない。直接プリントした場合には出ないのかもしれないが、自分はスキャンして取り込んだ画像に調整したデータをプリントしてもらっているので、発色はともかくこれはちょっと困ったことである。

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